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コラム :とことん自分のことを勘違いして

作家・モデル・ライターという肩書きを名乗るだけで「わぁ!すごーい」という反応をされることが今までに何度もあった。そして私はそういう反応に対して常に「この人は決して嘘は言ってないにしても別にこの称賛に深い意味はないんだろうな」と思ってきた。

自分を称賛してくる他人を、いつもどこか軽蔑し、その言葉を正面から受け止めることができずにいた。もちろん下心や打算があった上で他人を称賛する人はいるものの、私の態度はいつも可愛げがなかったと思う。

本当はそういう可愛げのない人間であるはずなのに、私に対して「自分のことを勘違いしている」と言ってくる人もたくさんいた。可愛げのない私は当然そういう言葉に傷つくことになる。

ただ、例え人からそう言われてたとしても、私はもっと多くの人に自分のことを勘違いしてほしいとも思う。勘違いした結果得られる幸せというものも確かに存在するためだ。

子供の頃の夢と就職

「大人になったら何になりたい?」

誰もが子供の頃にそんなことを大人から問われたことがあるだろうし、自分から考えたこともあるはずだ。

中学生の頃まで私はこの問いに対して「モデルになりたい」と言っていた。

しかし中学生にもなると多少の経済感覚ができつつあった。

「今はお父さんお母さんがいるから生活できているけれど、大人になったら全部自分でしなければならない。そのためのお金を自分で稼がなければならない」

こう思うと同時に、

「モデルなんて芸能界の仕事で食っていける人なんて一握りしかいない。だから将来自分で生計を立てることを考えたら『モデルになりたい』なんて言ってはいけない」

と思うようになり、次第に「モデルになりたい」と言わなくなった。言えなくなった。

高校は進学校だったので大学受験を1年生の頃から意識していた。数学や物理が得意だった私は理系に進み、現役時代は理系大学を目指していた。

「自分は社会の中で生きていけない」という不安を抱くのは思春期の高校生にありがちなことで、私も例に漏れず、受験を意識して勉強しながらもそんな悩みを抱えていた。

そんな悩みを抱えると同時に、当時同人活動として小説を執筆するようになった私は「小説家になりたい」ということも考えるようになった。社会と接点を持たず、自分の世界を構築することに専念するイメージが強いその仕事こそが、社会の中で生きられない自分には相応しいのだと思ったからだ。

「でも、文章を書いて生きていくなんてことは一部の人にしかできない」

けれども相変わらず私の中にはこんな思いがあった。

紆余曲折あり、結局私は文系大学の経営学部に進学し、そのまま卒業して一般企業に就職した。本当は執筆活動をしたいという思いを殺して妥協に妥協を重ねた上で就職した会社に勤めることが、私にとって苦痛なことだったというのは当然といえば当然だ。

ミスコンで浴びたスポットライト

新入社員1年目の夏、ミスユニバース三重大会がその年の秋に開催されることをたまたま知った。

「出てみなよ」

その時の女の先輩がそう勧めてくれたので私は軽い気持ちで応募した。応募には全身写真とバストアップ写真を送らなければならない。私は彼女に頼んで職場でそれらの写真を撮ってもらった。

書類審査を通過し、面接審査も通過した私は晴れてミスユニバース三重大会ファイナリストとなった。ファイナリストになってから大会開催日までの間にはビューティーキャンプと呼ばれる美に関する講習の受講や、スポンサー巡り及びそれに関するSNS投稿などをしなければならなかった。

会社員だった私は勤務時間外の全ての時間をそこに費やした。そうして過ごす時間は疲れたがとても充実感があった。

「本当は私にも『何か』ができるんじゃないか」

充実感を噛み締めていると、胸の奥底からそんな思いが少しずつ芽生えてくる。これまでモデルにしても小説家にしても「好きなことをして生きていくことは難しい」と考えてきた私にとって、この思いの萌芽は強い感動を伴う快感だった。

そうして迎えた大会当日、私は大勢の観衆の前で練習してきたウォーキングを水着姿で披露する。ランウェイの最先端でポージングをすると、強いスポットライトが私を照らした。あまりにもライトが強かったため、もはや観衆の姿を確認することが困難なほどだった。

「本当は私にも『何か』ができるんじゃないか。だから、やろう」

ステージの上でスポットライトを全身に浴びた瞬間、私はそう決意した。

「自分のことを勘違いしてる」

そうは思ったものの、計3回出場したミスコンで私は大した結果を残すことができなかった。いつもファイナリスト止まりだった。

だからと言って私は引き下がりたくなかった。自分の中にはまだ開花していない才能があることを信じ、時に疑いながらもその才能を表現しようと必死になった。

勤めていた会社も辞めた。作家・モデル・ライターとしての道を歩み始めた。

しかし思うように私の「自分の才能を開花させてやりたいことをやろう」という思いは実現しなかった。ファンを自称する人たちすら、私が生み出したものに価値を見出さなかった。

減っていくしかない預金通帳の数字を見れば、誰もが不安に陥る。そこに私の才能に価値を感じていない自称ファンたちからの「頑張れ」という声援が、私の自信をどんどん削いでいった。

「自分のことを偉くなったと思って勘違いしちゃってるんじゃないの?」

お金の苦しみと才能に対する不安に苦しんでいる私に、友人や人生の先輩を自称する人たちはさらにそう言って追い討ちをかける。

これがミスコンのステージ上で「自分らしく生きよう。自分の可能性にかけてみよう」と決意した私に向けられた世間からの目だった。

自分らしく働くために自分のことを勘違いする必要もある

こうした冷ややかな視線に耐えながらも、私は作家・モデル・ライターの仕事を続けてきた。最近では自分のことを「文章が書ける美女」と名乗るようにもなった。

自分の取り組みに手応えを感じ始めたのはここ数年のこと。この仕事を始めた当初から数年間はそうした「勘違い」疑惑を向けられ本当に苦しかったが、あの苦しみを耐え抜いてよかったと今は本当に思う。

自分の能力を発揮しながら過ごす毎日は、ミスコン以前の私には想像できなかったであろう喜びに満ちている。

今も私のことを「自分のことを勘違いしちゃってるイタい人」と笑う人は確かにいる。そういう人の存在に傷つかないわけではない。自分の能力を発揮できることを仕事にしているからといって嫌なことがないわけではない。

しかし、ゆったりとした朝の時間を過ごし、自分の思いを表現した作品を書き、時には人前に立ち、そうした中で気の合う人との出会いがあり、そこから新たな表現が生まれる日々は幸せとしか言いようがない。

会社員時代、会社からの無茶振りですっかりすり減ってしまった私に「仕事でそうしてすり減っているあなたとの将来を思い描けない」と言って彼氏は捨てた。その彼氏は今の夫だ。自慢になってしまうが夫との関係は今はいい方だと思う。

このことからも、いかに今の私が幸せかが想像できる。

自分のやりたいことをやる。自分の能力・才能を活かす。

その快感を今は噛み締めながら生きている。

こうして生きられるのは、あのミスコンのステージで「自分のことを勘違いした」からだろう。
だから私は全ての人がもっと自分のことを勘違いしたらいいと思う。自分のことを盛大に勘違いして、自分の能力を発揮することにかけてみたらいい。

そういう姿を笑う人は確かにいる。

しかし例え笑われることに苦しんだとしても、それを上回る人生の喜びがあることは私が保証しよう。

編集後記

先日夫と富山県に(撮り鉄)旅行に行ってきた。

太平洋側に住む私は「太陽は海の上で南中するもの」というイメージがとても強いが、日本海側の富山県で「山の上で南中する太陽」を見て、ただでさえ方向音痴なのに方向感覚が狂わされてしまった。

【補足】「自分のことを勘違いしてる」の裏側

先日、仕事でたまたま会った人が私にこんなことを語った。

「昔Aちゃんって人がいたんだけど、あの子自分のこと人気者になったと勘違いしちゃって東京に進出しようとしたんだよね。結果うまくいってないらしいけど」

その場では黙っていたが、そのAちゃんは私の友人でもある人だった。彼女のSNSを私も度々チェックしているが、そこには彼女が名古屋では得られなかったであろう華々しい仕事の実績が投稿されている。

「自分のことを勘違いしてる」とは、相手を見下した結果相手から捨てられた人間が負け惜しみとして言うセリフなのだろう。

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