Site Overlay

「女性の自立」と家族からの支援

どんなに「女性の社会進出」「女性の自立」と言ったところで、その女性が社会で生きていくのであれば男性からの協力や賛同が必要なのだと思う……という話。

筆者の「自立」の現状

作家・モデル・ライターとして仕事をしており、ビューティーコンテストに挑戦するのが趣味である私は、「キラキラしている女性」そして「自立している女性」として見られることも少なくない。過去には実際にステージの上でそんなことをスピーチしたこともある上に、これから先もしていきたいと思っている。

かといって私は自身の力だけで今の状況を手に入れたわけではない。もちろん必要な努力はしてきたという自負もある。しかし、ここまで来るまでに支えてくれた人がいたのも確かだ。

それこそ親や夫から経済的な支援をしてもらったことも何度もあった。

「好きなことをして生きていく」
「やりたいことをやる」

そう啖呵を切って会社を辞めてきたくせに、減っていく預金残高に肝を冷やす日々。ギリギリの精神状態で歯を食いしばっている私に対して両親や夫は、

「いつか必ず何倍にもなって返ってくると思うから」

と言ってお金を貸してくれた。

夫に至っては、

「本当に可愛くねえな。もっと俺を頼ればいいのに」

とまで言った。

そういう経緯があっての、今の「作家・モデル・ライター」なのだ。

そもそも夢は他人からの支援があってはじめて叶うもの

夫の言うように「可愛くない」女である私は、こうして他人からの支援によって今の自分の幸せが受け入れられずにいる部分もある。

ただ、甚だ図々しいことをあえて言うのであれば、「周囲からの支援で自分の夢が叶えられた」というのは当たり前と言えば当たり前のことでもある。

そもそも私は「芸能や文芸のコンテンツで社会を豊かにしたい」と思ってこの仕事をしているのではないか。「社会を豊かにしたい」と言っている限り私の活動には必ず「他者」がいる。「他者」にいい影響を与えたいと思っているのだから、その「他者」からの賛同、そして支援があってはじめて筆者の夢は実現する。

「周囲からの支援で自分の夢が叶えられた」以外の何で夢を実現しろと言うのだ。

自分一人の努力ではどんな夢も実現はしない。

だから私の「両親や夫からの支援があったから自分の夢が実現した」はある意味当たり前のことでしかない。

むしろそこを「当たり前」と感じることこそが支援をしてくれた人たちへの感謝の態度ではないだろうか。

人は置かれた環境を利用して生きていくしかない

時に夫から「可愛くない」と言われながらも私はその夫をうまく利用してきた。だから数年前に求めていた生活を今手に入れている。

「それの何が悪い」

自分の無力感や情けなさを嘆き、そうして落ち込み、沈んだ先で私はそんな考えに思い至る。

結局人は天から与えられた能力、与えられた環境をうまく利用することでしか幸せになれないのだと思う。そして利用するためには知恵を絞らなければならないこともある。

自分の夢を叶えるためには、今自分の目の前にそろっているものを駆使するしかない。「必要なものがない」などと嘆いている場合ではない。ないのであれば目の前にあるものをうまく代用するしかない。

そして目の前にあるものを駆使すれば、どんな願いでも叶えられるというのもまたこの世の真実だ。

つくづく世の中とは不平等だと思う。

「もっと金持ちの家に生まれていたら」
「もっと健康に生まれていたら」

私もこれまでの人生でそんなことを何度も考えてきた。

何が与えられ、どこに生まれるかが選べない時点で世の中はゲームとしては不平等すぎる。

これだけ不平等なゲームの中で、「目の前にあるものを駆使することで幸せになる」だけは公平なルールとして存在している。

私の今の生活は、このルールの中で得たものでしかない。

そもそも他人の収入について口出しするものではない

SNSなどのソーシャルメディアが発達し、誰もが情報を発信できるようになった中で正確な情報を得るためのガイドラインとして、

「収入や肩書きなどの要素で人を判断してはいけない」

とは広く言われている。

本当に大事なのはその人が何を訴え、何をしているのかだ、と。

まさにその通りだと思う。

まさにその通りであるから、私がどんな人物なのかを判断するときも肩書きや収入で見るのは間違っている。

「既婚で子供がいない30歳だからできたんだ」

ましてや私の収入の背景をあれこれ勝手に想像した上で、日々の私の仕事の評価にこのようなことを持ち出すのは実はとてもおかしなことでもある。その要素と私の仕事の内容との間には何の関係があるというのだ。

相手の生活に無関係な人間は、ただ相手の仕事を見ていればいい。そういう態度こそがこの誰もが手軽に発信できる世の中で正確な情報を得るためには必要になってくる。いちいち余計な口出しをしようとするから正確な情報を入手できずに損をするのだ。

これまでサポートをしてくれた夫や両親がこれを言うのであればまだ分かる。しかし別に生活費を負担してくれているわけでもない人間がこう言うのは単なるお節介ではないだろうか。

「自分の今の仕事や生活が成り立っているのはサポートしてくれた人のおかげ」というのは当事者がだけが言うことを許されたセリフであって、関係のない他人が言うことではない。他人の生活に余計な口出しなどするものではない。

だから夢を叶えるにあたって意識するべきなのは実際にサポートしてくれている人たちのことだけであって、それ以外の野次馬からの余計な口出しに耳を貸す必要はない。

まとめ

筆者は夢を叶えるためにたくさんの人からの支援を得てきた。何もズルはしていない。そのことにもっと自信を持ったらいいのだと、思う。

Pocket

Copyright © 2021 Ling. All Rights Reserved. | Catch Vogue by Catch Themes